鵜の目鷹の目ココロの目 第10回
こだわる 志村史夫
日本のすばらしい桜の季節は終りつつあるが、新年度が始まり、新入社員を迎えた職場はいまでも何となく華やいだ雰囲気があるのではないか。新入社員がこれからどのように成長していくか、楽しみにしている役員、先輩社員も多いだろう。もちろん、新入社員に限ることではないが、ある人物が将来モノになるかならないかを予想するのは簡単ではない。
それでも、私の経験からほぼ間違いなく言えるのは「感動できる人物、こだわれる人物はモノになる」ということである。もちろん、「感動できる人物、こだわれる人物」のすべてが「モノになる」という意味ではなく、「感動できない人物、こだわれない人物はモノにならない」と言った方が正確である。私は「感動」と「こだわり」は互いに密接に関係していると思う。
ところで「こだわる」とはどういう意味か。
国民的国語辞典『広辞苑』では「①さわる。さしさわる。さまたげとなる。②些細なことにとらわれる。拘泥する。③些細な点まで気を配る。思い入れする。④故障を言い立てる。なんくせをつける。」と説明されている。これでは③以外、あまりいい意味ではなく「こだわれる人物はモノになる」と言った私の立場がないのであるが、幸いなことに『新明解国語辞典』が「(1)他人から見ればどうでもいい(きっぱり忘れるべきだ)と考えられることにとらわれて気にし続ける。(2)他人はどう評価しようが、その人にとっては意義のあることだと考え、その物事に深い思い入れをする。(上点志村)」と私が言いたい「こだわる」をきちんと説明してくれている。
文系、理系を問わず研究者はもとより、技術者でもどんな職種でも、芸術家でも、この「こだわり」がない人物が一流になれるとは思えない(拙著『一流の研究者に求められる資質』牧野出版)。同じことが、個人のみならず会社にも言えるのではないか。
先月、私は「これぞこだわりの会社!」というべき2社を訪問、工場見学をさせていただいた。
一つは京都府綾部市にある「日東精工」という「ネジの会社」である。
じつは、人類のさまざまな発明品の中で、私が“最も偉大な発明”と思っているのがネジなのである。きわめて簡単な構造でありながら、その応用範囲と有用性が多大なものはネジをおいてほかにないだろう。素人考えでは、その構造の単純さから、もう改良の余地はあるまいと思うのであるが、「究極のこだわり」の結果、いまでも1日に3件、月にすればだいたい60件くらい、新しいものをマーケットに出しているというから驚きである。特に私が驚いたのは、0.6ミリメートルの極小ネジである。その小ささに加え、当然のことながら、頭にはちゃんとネジ穴、溝が刻まれ、また、それをきちんと締める道具も作られている。とにかく、ネジに対するこだわりは尋常ではないのであるが、「他人はどう評価しようが」ではなくて、世界的に評価されているのである。
もう一つの会社は鹿児島県薩摩川内市にある「アサダメッシュ」という「メッシュの会社」である。
メッシュとは網目、網目織、篩(ふるい)であり、要するに、縦糸(線)と横糸(線)を交互に格子状に編んだ網である。
一般人が思い浮かべるメッシュとしては金網やそば粉などに使う篩であるが、この会社の「究極のこだわり」の結果は12ミクロン(1000分の12ミリメートル)の太さのステンレス線を目開き(升目)16ミクロン、ピッチ28ミクロンのスクリーン印刷用極小メッシュである。もちろん、このような極小メッシュを肉眼で見ることはできない。電子顕微鏡で見ると、縦線と横線が交互に格子状に編まれており、16ミクロンの升目が正確に形成されているのがわかる。この結果自体も驚異的なのであるが、製造工程の最初の12ミクロンの太さのステンレス線のセットは職人の手によるものであることに驚愕せざるを得ない。とにかく、この会社もメッシュに対するこだわりは尋常ではないのであるが、「他人はどう評価しようが」ではなくて、世界的に評価されているのである。
やはり「世界的なこだわり」が「世界的評価」を生む製品につながるのであろう。
私は、春からとてもすばらしいものを見せていただいた。