小泉すみれの最新ドラマ時評  小泉すみれ

 

第六回 松本清張二夜連続ドラマスペシャル『霧の旗』


『霧の旗』が好きだ。


繰り返し実写化されているが、キャストによってテーマが変じるフトコロの深さを感じるし、構成しだいで生みだされる奥行きもいい。


これほどスペシャルドラマ向きの作品があるだろうか。なんならキャストや制作陣を入れ替えながら、毎週<霧の旗アワー>をやってほしいくらいである。叶姉妹が主演の『霧の旗』など、見てみたい。


そんなファンごころを煽るように、先週末放送の堀北真希版『霧の旗』にはサブタイトルがついていた。「悪女の事件」と。


<清廉>なイメージの堀北真希がヒロインの桐子役である。悪女と銘打ったからにはよほどのねじれたハートっぷりを見せてくれるのだろう・・とか期待しつつ、正座して待ち構えた。


さて。堀北演じるヒロインは、北九州出身の、女としてどこかあどけなさが残る工場勤務の娘さんだった。


彼女はアパートの部屋を借り、知的障害をもつ弟と暮らしている。両親を早くに亡くし、暮らし向きのほうは貧しいけれど、弟とふたりきりのささやかな世界を愛おしむように生きている。


なるほど。原作のほうのヒロインは、教師をしている兄とのふたり暮らしで、職業はタイピストという設定である。わたしが見る限りほとんどの実写化がそれに従っているのだが、今回は、兄という頼れる存在の庇護のもとではなく、障害をもつ弟をかばいながら格差社会の片隅で生きるという、<堀北ありきの設定>なのだな、と思った。


舞台は<昭和>ではなく<現代>なのだが、オープニングから物語を煽ることなく、弟との暮しぶりをていねいに描いているあたり、サスペンス色よりは、堀北が悪女へと変貌していく心の旅路をじっくりと見せたいのだろう。


そんなヒロインの弟(古畑新之)が、ある日、近所に住む資産家女性殺しの容疑者として逮捕され、冤罪を晴らせぬまま獄死してしまう。ヒロインは弟の弁護を引き受けなかった弁護士(椎名桔平)に恨みの気持ちを抱きつつ、東京に出てキャバクラ勤めを始めるのだが、やがて復讐のチャンスが訪れる……。


復讐を通してヒロインが経験する女としての変化は、そのままスタッフが<女優・堀北真希>に期待する変化でもあるのだろうけれど、見ているうちに、これは原作が『霧の旗』ではなくてもよかったのではないかと思った。


というのも、弟役の古畑新之くんがかなりよくて、原作にはない姉と弟との、なんともいえない空気感がしっかりとあったからである。


じつはこの弟くんが、資産家女性のわざとらしい色気に反応するシーンが出てくるのだが、それはわたしたちにのみ示され、ヒロインはそのことを知らない。


彼女は純粋なまま亡くなった弟を思い、弁護士を憎み、自分から弁護士を誘惑しておきながらもそれに乗ってきた大人の愛欲を汚らわしいと思っている。


そうして、弟がかつて自分に見せてくれた無邪気さを思い出しては、「あんなに純粋な人と過ごすもう日々は二度と訪れない」と絶望しているのだ。


そうばかりではなかった弟の姿をヒロインはもちろん知らないが、わたしたちは知っている。知らないからこそ弟のかつての姿を穏やかに思い出すことができているヒロインの悲嘆の姿に『霧の旗』とは違う方向で感心してしまった。




☆Data

松本清張二夜連続ドラマスペシャル・悪女の事件第二夜『霧の旗』

http://www.tv-asahi.co.jp/kirinohata/



☆ひとくちメモ

<悪女の事件第一夜>は尾野真千子主演の『坂道の家』。鶴橋康夫監督&池端俊策脚本というコンビネーションプレイにより、柄本明を翻弄する尾野の悪女っぷりが超エロく・・というか、柄本明の老醜っぷりが凄まじく・・というのか、テレビドラマで描ける範囲の泥臭いエロ感が溢れ出ていた。