小泉すみれの最新ドラマ時評 小泉すみれ
第十一回 『相棒 season13 最終回』
おそろしいものを見せられた気がする。『相棒』という番組名にもかかわらず、最終話に描かれていたのは、会話を尽くしてもなおわかりあえない、部下と上司が陥ったコミュニケーション能力という名の底なし沼だった。
ドラマの内容以前に、人事に関する製作側の事情がいろいろと取り沙汰されていただけに、そのあたりの不穏な気配が反映されてしまったのだろうか。本放送をリアルタイムで見ていたのだが、あまりの成り行きに愕然とし、気がつけば週末、三めぐりほど視聴しなおしていた。
最終話は、<3代目相棒>であるカイトくん(成宮寛貴)の「番組卒業」のためのスペシャル版であった。まだ見ていないかたにはネタバレになるが、結果からいうと、カイトくんは現職の警官でありながらじつは「闇の仕置人」でもあった。
刑事法では罰し足りない卑劣な者たちに対して、カイトくんは拳というシンプルな武器でもってこっそり天誅を下していた。彼は警視庁に入る前の学生時代、「けっこうやんちゃしていたことがあった」らしく、その頃に習得したのだろうか、あばらや鼻の骨を粉砕するなど、相手を<半殺し>にするのである。やがて誰が名付けたのか、彼は<ダークナイト>と呼ばれる存在となり、ネット上でももてはやされ、シンパが大勢いる存在となった。
カイトくんが<ダークナイト>になったきっかけは、やんちゃしていた時代からの親友の妹の死がきっかけだった。彼女をナイフで30箇所も滅多刺しにして殺害した通り魔は、脱法ドラッグを理由に<無罪放免>となった。「通り魔に復讐する」と憤りが収まらない親友のために、カイトくんはみずからすすんで手を下したのだ。
なぜ止めるのではなく、カイトくんが代わりに手を下してみせたのか。右京さん(水谷豊)に語ったその理由は、親友が「バカだから」であった。
「実際に、人の振り見て我が振り直せ、ってところを見せてやらないと、こいつにはわからないから」
カイトくんは苦笑しながら言ったのだ。
しかし、実際にやってみないとわからない「バカ」だったのはカイトくんのほうだった。正義を実行する<闇のヒーロー>としてもてはやされる自分にすっかり酔ってしまったのだから。
そして不思議なことに、カイトくんが<ダークナイト>として活動していた3年間と、右京さんの部下になった期間とはみごとに一致しているのだが、さすがの右京さんの頭脳迷宮をもってしても、独自の動きにはまったく気づけなかったらしい。
が、カイトくんがふと漏らした不用意な発言から、右京さんは彼が<ダークナイト>ではないかという疑いを持ち始めたのだった。
「きみはどこでしくじったと思いますか。考えてみてください。わかるでしょう。僕と3年もの月日を一緒に過ごしたのですから」
カイトくんが犯人であるということを本人に突きつけたあと、右京さんはやんわりとたずねる。
すると、カイトくんは考えに考えて、自分の不用意だった発言に思い当たり、右京さんにそう答えた。右京さんはその答えをいったん受け止めた後、『相棒」名物<右京さんのマジギレ>と言われる感情の沸点にいきなり達し、カイトくんを激しく怒鳴りつける。
「きみが後悔するべきは、そこではないでしょう!」と。
おバカな親友にわからせるために始めた<ダークナイト活動>に自らはまってしまったカイトくんを「バカって言うきみのほうがバカなんだからね」などと闇雲に責めることもしなかった右京さん。
それどころかさらにわざわざ<引っかけ問題>を用意してまで、噛んで含めるように年若い<相棒>に、<正義>についての理解を促そうとした右京さん。
わかりにくく、愛情のもちようにもかなり癖があるけれど、なんてふところの深い上司なのだろう。
「もう愛想が尽きましたよね」
ラストシーンで、カイトくんは右京さんにそうたずねた。
が、右京さんは言うのである。
「ええ。でも、愛想が尽きたのは、自分自身に対してですよ。きみとはまた会えますよ。ふたりはまだ途中じゃないですか」
…と。
そうしてカイトくんは卒業していったけれど、右京さんのデカ人生はまだまだつづいていく。
しかし、である。このおふたりに、3シーズンも付き合ってきた視聴者としては、思ったのである。
「あのう…できればそのコーチング、最終話じゃなく、べつの機会にやっといてくださいよ…」
最終話になって繰り広げられたこのモヤモヤとした相棒どうしのやり取り、コミュケーションのすれ違い。いったいそれはどこに向かっていくのか、誰になにをわからせたかったのだろうか…。
突き詰めるうちに、わたしは思ったのである。それはすなわち、スタッフが抱いている迷いなのではないだろうか。水谷豊を年若い<相棒>と組ませて、噛んで含めるような右京さんの説明的な会話をかませることで若い視聴者を取り込もうとしてみたものの、その迷いは「まだ途中」なのだと。
『相棒』じたいを貫いている大きなテーマは
「フェアとはいえない世の中で、真の正義とはなんなのだろうか」
ということである。
最終話でもそのテーマは変わらず描かれていたのだが、なんというか、迷走する会話劇を目の当たりにしてしまうと、<正義>について考えるより先に、世代間ギャップや資質の差を超えられなかった相棒どうしのすれ違いのほうにすっかり気を取られていたのだった。
「嫁姑問題かよ?!」
3度目を見終わったとき、こころでツッコミを入れていたが、わたしと『相棒』の関係もまだ途中である。組む者によってひとは活かされる、ということを題名からしてわからせてくれる『相棒』シリーズ。姑・右京さんのところにやってくる次の嫁をたのしみに待ちたいと思う。
☆Data
『相棒 season13』
http://www.tv-asahi.co.jp/aibou/
☆ひとくちメモ
カイトくんの設定はこちら
「今さら聞けない!甲斐享7の設定」(初級編)
http://www.tv-asahi.co.jp/reading/aiboulabo/961/
「今さら聞けない!甲斐享7の設定」(上級編)