小泉すみれの最新ドラマ時評  小泉すみれ

 

第十回 『デート〜恋とはどんなものかしら〜』


婚活婚活うるせー! ・・と内心思いながらこの6年ほど生きている。ある日未亡人になってからというもの、わたしが浮かない表情をしてばかりいて話題に詰まるせいもあるのだろう、「まだまだ女の道の先は長いんだからね」だとか「再婚しなきゃー!」「子どもだって頑張れば産めるはず!」などなど、軽い気持ちで励ましているのだろうと承知していても、<結婚>という言葉だけがわたしの未来の明るさへとつづく魔法の鍵ででもあるかのようで、口にされるたびに落ち込むのである。


出会い、出会い、出会い。あたらしい誰かに出会うためには積極的にお外に出なくちゃね、というフレーズも言われるたびにまいる。配偶者を亡くしてすぐにそんな気なんか起きませんよ。……と真に受けて打ち返すのも結局は自己嫌悪につながるだけだし……というわけで、あるときふと思いついたのが、「どうせなら今度は外国の人と結婚しようと思って真剣に英会話の勉強をしています」というアイディアを口にすることだった。


果たして、それは、どうやら周囲へと響いていったようなのである。婚活婚活言ってたひとたちも、わたしには人間味あふれる連続した未来が見えなくなったのだろう、もう出会いだの外に出なきゃだのと励まさなくなった。


フジテレビの月9ドラマ『デート』の初回で、ヒロイン藪下依子(杏)の、やみくもに<結婚>へと向かうおそろしく愚直な心意気にふれたとき、冗談ではなく自然に涙があふれた。生まれてから一度も誰かに恋をしたことがないままに、結婚することそのものを目的として、にわかじこみの<恋愛スナイパー>と化した彼女。とはいえ演じているのは杏だから、無機的な口調や所作すらスタイリッシュに映るのだが、彼女が役に徹していればいるほど、かえってヒロインの通ってきた道がこころに浮かんでくるのである。


ヒロインは、中学生の時分に母親(和久井映見)を亡くして以来、家族は剣道が趣味という無骨な公務員の父親(松重豊)とふたりきりで生きてきた。さぞかし、ことあるごとに、「いつかいい人を見つけてお父さんを安心させてあげなきゃね」と周囲から言われ続けてきたことだろう。ノーベル賞さえ視野に入っていたほどの天才数学者だった母親は、29歳のときにはすでに結婚していた。そんなわけで、ヒロインが「30歳の誕生日までには絶対に結婚する!」とはげしく思いつめてしまう理由には、仕事での成功も愛する夫も子どもも手に入れていた母親に並びたいという気持ちが大きいのである。


そんなヒロインの抱えるせつなさの<後ろメタファー>として、ドラマでは母親の亡霊がちょくちょく画面に登場する。たとえばお見合いのまえなど、なにか差し迫った課題があるとき、ヒロインは母親を相手に会話するというテイで自問自答を繰り広げる。


彼女には相談する親しい友もいないから、自分で解決していくほかないのである。しかしである。ようやく結納までこぎ着けた今週放送の第8話では、悲願の結婚へあと一歩のところまでぐいぐい寄り切ったはずのヒロインが、ふいに我にかえってしまうというエピソードが描かれたのだ。


ヒロインは、生前に母親から言われていた「いつか、あなたにも好きになったひとができたら、バレンタインにチョコレートを渡すのよ」という言葉を思い出したのである。けれども彼女には<誰かに恋するかんじ>がわからないし、これから結婚しようというお相手(長谷川博己)に人生お初のチョコレートをあげたいかどうかというと、自分で自分の気持ちが測りかねた。


この<どうしたらよいのかわからない>気持ちを抱えて、ヒロイン依子はひとりきり、夕暮れどきの川べりで、涙を流す。その涙は、ヒロインの心根のきわめて正直なところからあふれてきており、「30歳までに結婚する!」とか「少子化に歯止めをかける!」とかいった<スローガン>などはどこかにふっとんでしまった。


彼女がたたずんでいた夕暮れの川べり。わたしは一緒になって泣きながら、しっかりと彼女の姿をこころに焼き付けた。これほどまでに真正面から<結婚>という制度に立ち向かわざるを得ない29歳の働く女性を追い詰めているものはなんなのか。脱・少子化だとか、脱・草食系だとかスローガンを掲げても、かつて『ひとつ屋根の下』で江口洋介扮するあんちゃんが叫んでいた「そこに愛はあるのかい?!」という問いかけ以上のものが、このたびの月9のラブコメから生み出せるのだろうか。


これまでにもフジテレビのドラマは、『お見合い結婚』『できちゃった結婚』『成田離婚』といったラブコメ作品で、現代の<結婚>というもののありようを真正面から描いてきた。『デート』というタイトルで、扱われているのは<契約結婚>ではあるけれど、このたびの月9も間違いなくその流れのうえにある作品である。


今クールは、テレビ朝日の『DOCTORS』とこの『デート』の2作品をたのしみに視聴してきた。ほんとうは、古沢良太氏の脚本のラブコメとしての完成度の高さについて書こうと思っていたのだが、あの川べりの杏の苦悩するたたずまいの素晴らしかったこと! 8話目のエピソードでこころを一気にもっていかれてしまった。


☆Data

『デート 〜恋とはどんなものかしら〜』

フジテレビ系 毎週月曜よる9時〜

http://www.fujitv.co.jp/date/


☆ひとくちメモ

ヒロインの母親役を演じている和久井映見は、『妹よ』『ピュア』『バージンロード』の3作品で月9ヒロインを務めている。今回はヒロインの亡くなった母親として<幽霊>なのか<うしろメタファー>なのか判然としないファンタジックな役どころでありながら、ヒロインの決心にからむようにして現れるキャラクターで、ふんわりとした存在感に<月9の精>といった趣がある。娘の結婚相手の母親役で出ている風吹ジュンとは『ピュア』で母娘だったこともしみじみと思い出される。