ストレンジな人びと
作家 清野かほり
連載第9回
ステキなゲイのひと
その人は会社の先輩だった。彼はいつもニコニコしている。声を上げてよく笑う。そして会話もファッションも、おしゃれ。一度、彼に会ったら男女関係なく、ほぼ全員が彼を好きになってしまう。そんな人だ。
彼は当時、バイセクシャルだった。バイであることをオープンにはしないが、べつにクローズにもしなかった。20数年前の話だから〈口に出しては言わないけれど、特に隠しもしない〉というスタンスは、いま考えれば、ずいぶんと潔くカッコよかったのだ。
仕事中にチラリと見ると、彼のひざの上には、よく女の子が座っていた。それはセクハラではなく、パワハラでもない。女の子たちは自ら喜んで、彼のひざに座っていたのだ。そして、まるでピロートークのような甘い表情で会話を繰り広げる。その女の子も入れ替わり立ち替わり。
女の子Aが座る。代わってBが座る。時間を空けてCが座る。
女の子を引きつける、その魔力は何なのだろう。とても魅力という言葉では収用しきれない。ダイソン以上の吸引力だ。
オフィスで行なわれる、女の子たちによる〈ひざ取り合戦〉。それは実に楽しそうに見えた。
「失礼しまーす」
だから私も座ってみた。
「なに〜? キヨノ〜」
「どんな座り心地か確かめたくて」
やわらかい。男の人の太股なのに。それに、くんくん、いい匂いがするな。
「で、どうなの? 座り心地」
座り心地は……先輩、最高です!
「いい感じです。また座りに来ます。お邪魔しました」
ひざから下りて頭を下げる。
「はいはい、またおいで」
笑顔で送り出してくれる。私はその人を、前よりもっと好きになった。
そういえば、バイセクシャルって男と女、両方イケるってことだよね?
自分のデスクに座りながら考える。
ということは、私にも可能性アリってことね? フフフ……(ほくそ笑む)。でも男の人とは、どんな感じで? あんな感じで?
ずいぶんと昔、そんな日常を送っていたのだ。それが数年前、こんな噂を耳にした。
「○○さん、完全に男性のほうに行ったらしいよ」
「えっ!」
頭を電流が直撃。
「バイじゃなくてゲイになったってこと?」
「そういうことだね」
そのときの心境といえば、マンガでよく見るあの表現、まさしく《ガーーーン!!!》
「は〜〜っ……」
そして長い溜め息とともに両肩が落ちる。失恋に似た気持ちだった。
最近会ったが、現在、彼は美少年を探していた。「性」が果てるまで、きっと探し続けるのだろう。
私のひざは、もう戻ってこない。