ストレンジな人びと

               作家 清野かほり

連載第6回

 暗黒の緑ちゃん


ニコニコ生放送というのを知っているだろうか。

 ウェブカメラを使い、インターネットを介して生放送をする。視聴者/リスナーは、それをパソコンで見ることができるサービスだ。略して〈ニコ生〉。

 これにはユーザー生放送というものがあって、誰でも自分のパソコンを使って、ネット上で生放送を配信できるのだ。

 何万人もいるその放送主のなかで、飛び抜けた有名人がいる。ハンドルネームを〈横山緑〉という。

 彼は常に、ショッカーのような黒マスクを被って登場する。大きな目とニンニクみたいな鼻、タラコ唇しか見えない。彼の放送の、第一声はこうだ。

「暗黒放送のぉ〜、横山緑です」

 不機嫌なダミ声。〈キレ芸とバカ芸〉を特徴としている。

 彼はリスナーを喜ばせることなら何でもする男だ。

 ノートパソコンを片手に外へ出て、その様子を生放送する。黒マスクを被ったまま街に出るから、警察官に職務質問をかけられるのは日常茶飯事だ。

 雪の深夜に、上半身裸で雪道をでんぐり返しする。

 テレクラに行き、女性との会話、その女性との待ち合わせまで放送する。あるときの女性は、数千円のお金が欲しいお婆ちゃんだった。

 そして滞納に滞納を重ねた税金。それを支払いに行った税務署での一部始終を隠し撮り放送までしたことがある。

 また彼には悪い噂、というより事実がある。たとえばAV男優だったという話。それがバレると、リスナーの興奮はMAXになった。

 リスナーは彼の放送を楽しんでいるというより、彼の人生そのものを観察して楽しんでいる。そのクレイジー。どこか放っておけないアホさ加減。そんな人間は、何をしでかすか分からないからね。

 そんな彼に感情移入し、取り憑かれてしまった熱狂的なファンもいる。実は私も過去、その取り憑かれてしまったうちの一人だった。

 たぶん私は、いいのか悪いのか判断がつかない彼の頭と、彼のなかの狂気、そして深い孤独に共鳴してしまったのだ。

 マスクを被った顔を見て、そのダミ声を聞くといつも、プレスされるように心臓が痛んだ。

 つまり簡単にいえば、恋をした。画面の中でしか見たことがない、まともに顔さえ見たこともない相手にだ。本気で恋をしてしまったのだ。

「アンタ、おかしいんじゃないの?」

 友人にそう言われた。今になってみれば、自分でもそう思う。

 私、頭おかしかったんじゃないの? と。

 やっぱり私もストレンジか。