ストレンジな人びと
作家 清野かほり
連載第4回
飴チャン爺ちゃん
コンビニで商品を物色していたら、70歳を過ぎたくらいのご老人に話かけられた。
背中が少し丸まっていて、私よりも背が小さい。グレーのハンチングを被っている。
「これ、どっちがいいんだろうねぇ?」
両手にスプレー缶が握られていた。
「どっちが効くんだい? 違いがよく分からねぇんだ」
見ると、右手にキンチョール、左手にアースジェットだ。
どっちが効くか。その違い。それは私にも分からない。
「とりあえず、値段を見てみましょうよ、値段」
それらが置かれている商品棚に行き、値札を見比べた。内容量が多いアースジェットのほうが安い。
「量が多いほうが安いんですね〜」
言いながら、ブランド力の差か、と思った。
「どっちだい? ハエをやっつけたいんだ」
少し悩んでから言った。
「うーん。安いほうでいいでしょう。効果はきっと、そんなに変わりませんよ」
そもそも殺虫剤をコンビニで買うのか、と思っていたけれど。そういえば近所にドラッグストアなどはないのだ。
納得したのか、ご老人は私が提案したほうをレジに持って行った。
数日後。
道端であの人に遭遇した。あちらも気付いたようで、微笑みながら近づいて来た。
「飴チャン、持ってるか?」
ご老人はジャンパーのポケットに手を突っ込んだ。
「あ……飴チャン、持ってます」
にやりと笑って私を肘で突く。
「ウソつけ。持ってないだろ」
取り出したのは何十個もの飴だ。袋もなくポケットに直接、入れられていた。糖分(エネルギー源)の大胆な携帯方法だ。
鷲づかみにした手を広げて差し出す。その手から、ぽろぽろとこぼれ落ちた。
「あ、あ、落ちちゃった」
私は屈んで、地面の飴を拾った。
「ほら、持って行きな」
ポケットの中の飴を全部、私にくれようとする。
「あ、じゃあ1個。いや、2個いただきます」
よく見ると飴ちゃんは『サクマのいちごみるく』だった。小さくて、まぁるくて、三角のやつだ。
「うんうん」
残りの飴をポケットにしまい、飴チャン爺ちゃんは公園に向かって歩いて行った。
その背中を見て私は、微笑ましいような、少し寂しいような気分になった。
もっと自由で気ままなご老人が増えるといい。今まで、さんざん働いてきたんだから。いろんな我慢もしてきたんだろうから。
この国に、もっとストレンジィ(爺)やストレンバァ(婆)が増えたらいいな。そうしたら、もっと生きやすい国になるのにな。