ストレンジな人びと
作家 清野かほり
連載第32回
チャリンコ泥棒
黄色のママチャリを所有していた。黒い柄こそ入っていないが、スマートなイエローボディとその俊足から、私はチーター号とネーミングしていた。
数年前のことで恐縮だが、このチーター号にまつわる話がふたつある。
ある日の夕方、チーター号に乗って商店街へ買い物に出かけた。買うべき物を買い終え、チーター号を停めていた裏路地に入ったところで、物々しい光景が眼前に広がった。
パトカーが1台と制服警官が2人、チーター号の傍に立っていた。不穏な空気が漂うなか、少しずつ愛車に近寄った。すると警官が振り返り、ギロリと私を見た。
「これ、あなたの自転車?」
「はい、そうですけど……」
「本当にあなたの?」
「え、私のですよ!」
おまわりさんは一体、何を疑っているんだ。
「名前は? 仕事は何をやってるの?」
まさか職務質問か。そうきたか。
なんとか不快さを飲み込んで、氏名とフリーランスであることを告げた。警官は横目で睨むように私を見て言った。
「ちょっと照会するから待ってて」
ボディに貼り付けてある登録番号を確認し、パトカーの無線で話し始めた。
ほう、この私を自転車泥棒だと思っているのか。この年齢で、この時間帯に商店街を歩いているといったら、たいていは善良な主婦でしょう。一体、私のどこが泥棒に見えるというのだ、失敬な。
怒りの沼はポコポコと沸騰し始めていた。
無線での会話を終えた警官は私に歩み寄り、直立になった。そして勢いよく敬礼をした。
「失礼いたしました!」
本当に失礼なヤツだな、君は! と叫んでもよさそうなところを、私は気の抜けた笑顔で「いえ」と答えた。気分的には、なぜか敗北感だ。もはやチーター号に跨る気にもなれず、家までの下り坂を押して帰った。
べつの日、またチーター号で買い物に出かけた。今度はパトカーが入って来られないような場所に駐輪してみた。もしも2度、同じ職務質問をされたなら、仏の清野もさすがにキレる。
そんなことを思いながら買い物をしていたのだが、なぜか私はチーター号に乗って来たことをすっかり忘れてしまったのだ。そして家まで歩いて帰ってしまったのだった。
おや? また何かを忘れて来たぞ。
そう思い当たったのは、それから3日後だ。
あ、チーター号、置き忘れて来たわ。でもまあ、いっか……。今日は寒いし、歩いて取りに行くのも面倒だし。
そんなぬるま湯思考を経て、駐輪現場を見に行ったのが約1週間後だ。案の定というか順当にというか、チーター号はそこから姿を消していた。
あ、チャリンコ泥棒か……。それとも放置自転車の撤去か……。
どちらにしても、自分が強度のアホであることには違いがない。チャリンコ泥棒に間違えられ、チャリンコ泥棒に遭遇する。愛称まで付けた愛チャリを、こんな間抜けな状況で手放した。そして新しいチャリを買う金銭的余裕も、自分にはないのだった。
さよなら、チーター号。いま思い返してみれば、やはり痛痒い経験だったな。