ストレンジな人びと

               作家 清野かほり

連載第2回

 産婦人科の先生


 変な症状があったので産婦人科に行った。

 診察室に入って丸椅子に座ると、先生はカルテに視線を落としていた。60代の男の先生だ。

 その体勢のまま、矢継ぎ早に問診してくる。

「身長は?」

「157.5センチです」

 カルテに数字を書き込んだ。

「体重は? さっき計ったね」

 服を着たまま計った。体重は問題ない。

「年齢は?」

「46です」

「26ね」

 カルテに「26」と書かれてしまった。

「先生、違います、46です!」

 20歳も違ったら大違いだ。先生は一瞬、目を剥いた。

「よんじゅうろく〜?」

 驚いたような口調だ。「2」を無理矢理「4」に書き換えている。

 胸のなかで私は叫んだ。

 46歳で産婦人科に来ちゃ悪いか。それに、こんな老けた26歳、いるわけないでしょう!

「36」に間違えられたなら光栄とも言えるが、なにしろ「26」だ。

 やっぱり先生は、患者の顔をぜんぜん見ていないのだ。

「じゃあ、診察台に上がって。診ますのでね」

 看護師さんに促されてカーテンの中に入り、下着を脱ぐ。体を緊張させながら診察台に上がった。上半身と下半身の間に引かれている、白いカーテンの向こうはスッポンポンだ。実にご開帳な姿である。

 先生は脚と脚の間を覗き込む。そして触診やら、器具を挿入しての検査やらをしてくれた。

 検査を終えて診察室に戻ると、またカルテに目を落としたまま先生が言う。

「再来週、検査結果が出ますのでね。今日はもういいですよ」

 最後まで私の顔を見なかった。

 受付の人に呼ばれるまで、ソファーに座って考え込んだ。

 先生は今までに何百人、何千人という女性の患者を診てきたのだろう。毎日毎日、ソレを診ているうちに、患者の顔を見られなくなってしまったのかも知れない。

 なんだか少し気の毒だ。

 だけど、それだけの数を診ていたら、自然とソレに個性を見い出せるようになるはずだ。微妙な違いも見抜けるだろう。

 私はひとり、深く頷いた。

 そうか。あの先生は、患者を顔で覚えてるんじゃなく、下半身で覚えてるんだな。