ストレンジな人びと

               作家 清野かほり

連載第28回

『中瀬ゆかり』という人


 その人は「新潮社 出版部部長」という厳つい肩書きを持っている。番組での肩書きらしいニックネームが「中瀬親方」だ。

 番組というのは東京MXテレビで月~金曜の夕方5時から放送している『5時に夢中!』。私がいま唯一、観たいと思うデタラメなトーク番組である。

 中瀬親方は木曜レギュラーで、共演者は作家の岩井志麻子氏(私は勝手に「志麻子姐さん」と呼んでいるが、もちろんお会いしたことはない)、MCはふかわりょうという濃い面々だ。

 私が注目しているのは中瀬親方である。親方のスリーサイズは自称「バスト100・ウエスト100・ヒップ100」。顔のふくよかさも、そのサイズに比例している。『中瀬ゆかり』をご存じない人は、気が向いたらネットで画像検索してほしい。

 中瀬親方は、その希少な体型をネタにして自虐を連発する。その自虐が毎回、素晴らしい冴えをみせるのだ。

「私が小娘ならぬ小結だった頃」とか、原辰徳の大ファンで「原ゆかり」になることを目指していた過去を話し「今は原ゆかり、ならぬ、三段腹ゆかりですけど」などのフレーズを絶妙なタイミングで放り込んでくる。そのスピードと正確性はダルビッシュの投球なみだ。

 ある日、視聴者から番組にメールが送られてきた。「2歳の娘が中瀬さんを観ると指差して「キティちゃん!」と言います。何度も違うよと言ったのですが、認識を改めないのです」という内容だった。スタジオでは「それは本当のことなのか?」「どうして、ゆかりちゃんがそう見える!」「女の子の間違いを正さなければならない」との見解で一致した。後日、事実確認のため、ジョナサンという黒船特派員が視聴者のお宅へ向かった。番組のVTRを観せると女の子は確かに、中瀬親方を指差して「キティちゃん」と言っているではないか。

 ああ、なるほどと、ようやく私は納得した。彼女は間違っていない。そう言われれば、ちゃんとキティちゃんに見えるのだ。

 なぜ中瀬親方が、あのキティちゃんに見えるのか解説したい。両者にはやはり、共通点があるのだ。以下に列挙してみる。

 1、色白である。2、顔型が横丸である。3、顔も体も丸々としている。4、(親方の、テーブルから上に出ている上半身だけを見ると)ほぼ2等身である。

 幼児の目には、これらの要素が強烈なインスピレーションとなって脳に送信されるのだろう。出演者のあいだでは「キティちゃんに似ているかどうか」という最大の設問はそのまま曖昧にされ、女の子の認識はべつに改めなくてもよいという方向で落ち着いた。そこで私は一人、悦に浸った。〈子供の目〉を獲得した自分を誇らしく感じたのだった。

 主題から逸れてしまった。核心は中瀬ゆかりである。私は中瀬親方にリスペクトの念を抱いている。それは、かつて『ナンシー関』に抱いた思いと酷似している。

 鋭い観察眼から生まれる、畏れのない切り口。辛辣だが愛のある表現。冷静で冷酷で、計算高い。かなりの確度で人を笑わせる。ひと言でいうと、めちゃくちゃ頭が切れる。ナンシーの場合は標的が他者で、ゆかりの場合は主に自身だが、それは深い洞察と人間愛からしか誕生し得ない語りだ。

 中瀬ゆかり。彼女はいま、私の憧れの人である。