ストレンジな人びと

               作家 清野かほり

連載第26回

バレンタイン変事


 その日、仕事の打ち合わせに出かけた。乗り換えの新宿駅で、特殊な光景に出会した。その瞬間まで私は、ホワイトデーだということをすっかり忘れていた。

 駅構内にできていたのは〈GODIVA〉の行列だ。お店のブースの前に、順番待ち用のテープで誘導された数十人が、コンパクトに折り畳まれて並んでいる。

 その順番待ちの人びとに目を奪われた。並んでいるのが全員、男性だったのだ。

 ぱっと見たところ、全員が大人の男。もちろん〈GODIVA〉だから、お子さま男子が買うような品物ではないのだが、20代後半〜40代くらいまでの男性だけが行儀良く並んでいる光景など、今まで目撃したことがない。そんな珍妙な行列は初めてだ。

 そういえば数週間前から〈GODIVA〉さん、テレビCMをばんばん流していたっけ。後ろ姿の男性が若い女の子にピンクの丸い箱を渡すと、彼女は口角を最大限にまで上げて微笑んでいた。男性たちは彼女のそんな可愛い笑顔を見たくて、ワクワクしながら並んでいたのだろうか。ああ、やられちゃったな、オジサンたちも。いや、なかには義務感で並んだ人もいただろうけれど。

 ホワイトデーの1ヵ月前には、もちろんバレンタインデーがある。私には数十年前のその日に焼き付いた、ストレンジでカッコイイ光景がある。

 高校のときだ。学年でも目立つ美男美女のカップルがいた。女の子のほうは私の友人だ。彼女はクールとチャーミングという、なぜか両極の魅力を持つイイ女だった。その当時、実は私も惚れていた。

 休み時間の廊下で、そのカップルがすれ違った。なんの挨拶もナシの無言のすれ違い。数メートル離れたところで突然立ち止まり、彼女は振り返った。

「小田くん、チョコレート!」

 それだけ言って手の中の物を放り投げた。落下してくる物を彼は咄嗟にキャッチした。私は見ていた。それは100円の板チョコだった。赤いパッケージだから、間違いなくロッテのガーナミルクチョコレートだ。ラッピングやリボンなんかしていない。お店で買ったそのままの、裸のチョコだ。

 受け取った彼のほうは、ちょっと困惑したような、ちょっと嬉しそうな表情を浮かべていた。その後、彼が何をどう贈り返したのかまでは調査できなかったのが心残りだ。

 私は、赤い箱が弧を描いて飛ぶ様をスローモーションで記憶している。印象的な光景はなぜか、いつもスローモーションの映像として残るのだ。

 私は彼女に再度、惚れた。惚れ直してしまった。高校生の女の子がやる行為にしてはカッコよすぎたのだ。

 いつか機会があったら、ぜひ彼女の真似をしてみたい。そう思い続けて、この歳になってしまった。中年女がこれをやると可愛げがないストレンジになってしまうから、今は70歳くらいのお婆になったら1万円くらいのチョコでやってみようと思っている。きっと、ちょうどいいストレンジ具合になるはずだ。そのとき相手は、何をどうやって贈り返してくれるのだろう。きっと相手もいい歳のお爺だろうから、年配者のプライドとして単純な正攻法では返せまい。数十年後の未来が楽しみだ。

 かくいう私も今年、バレンタインのお返しを貰った。お高そうなキャラメルとか入浴剤とか、干し芋とかをだ。

 え? 干し芋?