ストレンジな人びと

               作家 清野かほり

連載第23回

薬剤師クイズ大会


去年の夏、クーラーが壊れて室温が34℃を記録した。暑さには強いつもりだったが、歳には勝てずに倒れそうになった。

 重い体を引きずって医者に行くと「中程度の熱中症ですね」と診断された。

 処方された薬を飲みきった後、この薬が気に入った私は処方箋もないのに、薬局に直接もらいに行ってみた。また医者に行くのが面倒だったからだ。

 その薬局にいる薬剤師さん3、4人は、全員が20代半ばに見える女性だ。みんな薬剤師に成りたての、ほやほや感が漂っている。

 処方箋がない薬でも出してもらえるのかどうか、受付のおねぇさんに訊いてみた。薬によっては大丈夫というお返事だ。

「お薬の名前は分かりますか?」

 把握していなかったので、できる限りの説明をしてみた。

「熱中症の薬なんですけど、アルミみたいな銀色の小さい袋で、青リンゴの絵が書いてあって、何番か忘れましたけど、番号が書いてありました」

 薄化粧、染めていない黒い髪、眼鏡をかけている。いかにも真面目な人生を送ってきました、というような24、25歳の薬剤師さんだ。

「青リンゴの絵ですか?」

 彼女は眉根にシワを寄せてパソコンのキーボードを叩く。カタカタカタ。そしてモニターを動かし、私に画面を向けた。

「これですか?」

「いえ、違うような……。水に溶いて飲む顆粒で、薄味のポカリスウェットのような味で……」

 彼女は首を捻り、今度は広辞苑よりも分厚い薬辞典のようなものを取り出した。手早く捲る。ぱぱぱ。

「青リンゴ?」

「はい、青リンゴ。緑色の青リンゴです」

 そういえば世の中の青リンゴは、青じゃなく緑色だ。青信号と同じだ。

 彼女はますますシワを深くし、辞典捲りを再開した。

「あ、あの……ないようでしたら、いいですよ」

 申し訳ないな、と思って言ってみた。いや、前回もこの薬局で出してもらったのだから、ここに同じ薬があるはずだ、と思いながらも。

「ちょっと待ってくださいね」

 彼女は真剣な表情で、またキーボードを叩き始めた。カタカタカタカタカタ。そのスピードが増している。新人とはいっても、知らない薬があっては薬剤師の肩書きが廃る、そう叫んでいるような顔つきだ。ここは薬剤師の意地とプライドが懸かっているのか。

「いや、本当に、もういいですよ……」

 作り笑顔で言ったが、全くこちらを見ていない。彼女の視線は、ずっとパソコンと薬辞典を往復したままだ。

 なんだ? 答えはなんだ? カタカタカタカタカタ。ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ。

「あの、本当に……」と言いかけて、このやり取りがちょっと可笑しくなった。答え探しに必死な彼女も、なんだか可愛らしく見えてくる。苦悩の色を濃くした彼女を和ませたくて、ちょっと言ってみた。

「もしかして、薬剤師クイズ大会、みたいになってます?」

 無反応だ。不発。完全に無効なジョークだ。

 薬の種類というものは一体、どのくらいあるのるだろう。何千か、何万か。新薬も次々と登場するだろうから、新たに覚えなければならないことも次々と発生するはずだ。相当の記憶力がないとやっていけない仕事なんだな。

 医者は専門の科だけを熟知していればいいが、薬剤師は処方薬のすべてを知らなければならない。新人だから、などと甘えたことは言っていられないのだ。

 結局、目当ての薬は見つからなかった。けれど、帰り道の夏の夕暮れが、なんだかやけに清々しく見えた。

 情熱とプライド。その両方をもって仕事をしている女が、私は好きだ。

 うん、今回の話は、べつにストレンジじゃなかったね。すまん。