ストレンジな人びと
作家 清野かほり
連載第22回
アダルトな彼女
なぜそんな特異な物をプレゼントするに至ったか、その経緯は承知していない。とにかく会社の先輩が彼女と一緒にオーストラリアへ移住するというので、その人へのプレゼントを買おうと女性の先輩に連れられて行ったのだ。そこは、アダルトショップだった。
ここに売っているものをプレゼントするって何!?
まだ21歳の小娘だった私には、まったく理解不能なセレクトだった。目前には、色とりどりの疑似男根がズラリと並んでいる。
「キヨノ〜、見て〜、どれがいいと思う?」
そう問いかけた先輩だって、まだ20代の半ばだった。
「いや〜、どれがいいかは、私にはぜんぜん……」
本物の実物を見たことはあるが、疑似の実物を見たのは初めてだった。
「う〜ん、予算もあるからねぇ。あんまり高いのは買えないね」
彼女がセレクトしてレジに持って行ったのは確か、1万円しない物だったはずだ。高い物では3万円くらいの物もあった。
後日、私はほとんど照明の消されたフロアの隅で一人、残業をしていた。夜の9時に近かったと思う。そのとき突然、会社の電話が鳴った。
こんな時間に誰だろう?
受話器を取り、社名と部署を名乗ると、相手はあのプレゼントをした30歳くらいの先輩だった。
「あ〜、キヨノぉ〜? ちょっとコレ、どうなってんのぉ?」
不機嫌な声だ。何について言っているのか分からない。
「いま彼女とホテルにいるんだけどさぁ〜、もう彼女、機嫌が悪くなっちゃってさぁ〜」
あ、アレのことだ。先輩の口調はクレームを付ける人のソレだ。不穏な空気が漂い始めた。
「……ど、どうかしたんですか?」
恐る恐る訊いた。心臓が鼓動を速める。
「貰ったコレだけどさぁ、壊れてるんじゃないの?」
「えっ?」
「動かないんだよ、頭の部分がさぁ〜。壊れてるじゃないの? 一体、どこで買ったの?」
「あ、こ、壊れてるんですか……、買ったのは上野のお店ですけど……」
言いながら私は、やっとピンと来たのだった。
「その店の電話番号とか分かる?」
「あ、いや、電話番号までは……」
ソレ、もともと動かないんですよ、先輩。安いやつ買ったから……。
「ちょっと、後でいいからお店の人に訊いてみてよぉ〜」
私の背筋は凍り始めていた。
「は、はい……」
「ほんと、彼女、怒っちゃったよ〜、どうしてくれるんだよ〜」
「す、すみません……訊いておきます……」
震える手で受話器を置いた。ほとんどの照明が消えて、ただでさえ恐怖感が芽生えても仕方がない空間が、完全にホラーの館になってしまった。
こ、怖い……。大人の世界って怖い……。そのクレームで夜、会社に電話してくるなんて……。こ、怖い……。それが原因で彼女が激怒してしまうなんて……。
当時21歳のSEXヒヨコは、この経験が軽いトラウマとなった。それ以来、疑似男根を見るとわずかに身が竦むようになってしまった。そして46歳現在、〈疑似男根ヴァージン〉である。