ストレンジな人びと

               作家 清野かほり

連載第19回

暗がりのエコー室


 区の健康診断で、心電図の結果に異常があった。私は医大で心臓のエコー検査を受けることになった。

 隔離室のような分厚く重い扉を開けた。そこは最小限の照明のなかに、モニター画面の青い光だけが灯る、ほの暗い空間だった。モニターの隣に白いベッドが置かれている。

 なんだ、このどことなく淫靡な空間は——。

 蛍光灯が皓々と点いていた待合室から、一気に異空間へと引き込まれた気がする。

「上半身、裸になって、左側を下にして横になってくださーい」

 優しい声でそう言ったのは、白衣姿の30歳くらいの女性だった。私は指示通りの姿となって、ゆっくりとベッドに横たわった。

「お胸にゼリーを付けて、機械を当てていきますねー」

 お胸にゼリー。……つい考えすぎてしまう自分を制した。

 彼女はエコーの機器を手にし、私の胸まで腕を回す。そして私が横たわっているベッドに腰を掛けた。

 その彼女の腰。バンと張った、だが柔らかい丸い腰が、私の腰に押し当てられた。なぜかグイッと押し付けられた気がした。

「軽く息を吸ってー、吐いてー。はい、止めまーす」

 息を止めたときの心臓の動きを見ているらしい。モニターは背後にあり、その画面は見えない。

 軽く息を吸って吐いて、止める。それを何度も繰り返した。

 少し首を捻り、モニターを凝視する彼女の横顔を見つめた。黒い髪のボブスタイル。前髪の下の真剣な目。斜め下から見る、なだらかな顎のラインと首のライン。厚めの2枚の唇は、わずかに開いている。なんだか官能的な表情だ。

「はい、横向きはいいですよー。仰向けになってくださーい」

 仰向けの体勢で首を捻るとモニター画面が見えた。そこには荒い画像で私の心臓が映し出されていた。

 心臓は懸命に鼓動している。当たり前だが、心臓は収縮しては膨らみ、収縮しては膨らみを繰り返している。トッ、トッ、トッ、トッ……。その拍動は一瞬たりとも休むことがない。その様が、やけに健気に見えた。そして、こんな言葉が浮かんできた。

 そうか、君が止まると私も止まるのか——。

 えらい。心臓、えらい。いつも、ありがとう……。

 自分の心臓を見て、センチメンタルな気分になるとは思っていなかった。だが体が日頃、ちゃんと機能していることは感謝してしかるべきことだ。特に神に感謝するわけではないが、とりあえずは健康に産んでくれた母に感謝することにしよう。いや、心臓が正常に機能しているかどうかは、今まさに検査しているわけだが。

 それにしても、さっきから私の腰にぐいぐい当たっている彼女の腰。その柔らかさと温もりといったらどうだ。男性と触れあったときには全くなかった感覚だ。

 いいなあ、女の人の体って、いいなあ。とっても柔らかくて。すごくあったかくて……。

 正直に言って、目覚めそうになった。女の人に。女性との交わりというものに。

 ああ、そうか……。また少し分かった気がした。

 もしかしたら私のなかには、女の人への愛欲と憧憬がずっと眠っていたのかも知れない。それで46年間、独身なのかもな。