ストレンジな人びと

               作家 清野かほり

連載第13回

 新聞記者たち


 社会のヒエラルキーというものは、悔しいけれどある。同じ業種、同じ職種のなかにも、もちろんある。

 東電の記者会見には大手新聞の記者から地方紙、通信社、雑誌、専門誌、民報テレビ局、半国営放送局、ネットメディア、フリーランスの記者までが集まる。私も2〜3年前、フリー記者のフリをして東電会見に通っていた。

 一見、大手の記者が東電の痛いところをギュウギュウ押してくれそうな気もするが、これが違うのだ。大新聞の記者は、彼らに効くところをわざと外している。そこ、あんまり意味ないよ、という部分をソフトタッチで押すのだ。もっと言えば、東電が出す情報を横流しするだけ。そんななかにも、たまに激高して、東電に食ってかかる大手の記者もいるけれど。

 大新聞やテレビ局にとっては、電気事業連合会は大事な広告主だ。しかも記者たちはサラリーで生活しているものだから、事故を起こした当事者の患部なんかを押してはいけない、真相なんか究明しちゃいけないのだ。私は思わず嘆息する。

「いいぞ、その質問。いけ! もっと突っ込め!」

 思わずそうエールを送る記者、相手の痛いところを突くのは大抵、ネットメディアや雑誌、フリーの記者だ。そのなかでもいちばん鮮烈な印象を残したのが、元新聞記者の弁護士だった。冷静で鋭い追及を続けた彼は、惜しくも2012年6月、胆嚢ガンのため亡くなった。

 フリーの記者は、東電会見に通えば通うほどビンボーになると言われている。なかなか東電側が情報を出さないから、スクープになるようなネタが取れない。だから、なかなか買い取ってもらえる記事にならない。交通費や諸々の経費は自前だから、出費ばかりで結果、赤字になるのだ。もちろん私も同様だった。

 会見場がある東電本店の1階ロビーで、記者たちは携帯で話す。30代らしき男性記者がいた。スーツを着ているから、おそらく新聞記者かテレビ局の記者だろう。彼の会話が不意に耳に入ってきた。彼は顎を上げ、天を仰ぐようにして言った。

「う〜ん、1300万くらいかな」

 その誇らしげな言い方。年収だ、と直感的に思った。

 頭がクラクラした。声を上げて笑いたくなった。おそらくその原因は、憤りと羨望だ。

 は? 年収1300万円? フリー記者の収入の10倍? いや、20倍か? エリートか勝ち組か知らないが、そんなゆるい仕事ぶりで、よくそんな高給が貰えるな。手前弁当で通い続けているフリー記者との、この大差は何だ。不条理に過ぎる。

 ……書いていて、頭がカッカしてきたぞ。

 冒頭で「ヒエラルキー」と書いたが、これは正確ではない。単に「収入」という一面だけを取って揶揄した表現だ。「歪んだキャピタリズム」という表現のほうが正しいだろう。

 彼ら大手の記者たちは、それを自覚しているのだろうか。おそらく、そんなことは考えたこともないだろう。鼻クソをほじりながらでも考えたことはないだろうな。三角形の頂点のほうにいる人間は、きっとその位置が高すぎて下が見えなくなるのだ。高い山に登ると雲が掛かっていて、裾野は見えないもんな。

 あ〜あ、今回は胸が苦しくて笑えない話になっちゃった。