ストレンジな人びと
作家 清野かほり
連載第11回
下駄の同級生
高校時代から、彼は下駄を履いて登校していた。黒い学生服、裸足に下駄。それもヘビ柄の鼻緒の下駄だ。もちろん教師のみなさんから注意を受ける。そんなとき「下駄がダメなんて校則あるんですか?」という独自の主張をして3年間、下駄を貫き通したという。なんちゅう高校生だ。
それから約30年、彼の下駄人生は続いていた。
カランコロン、カランコロン。
コンクリートを叩く異質な音。白っぽい作業服、裸足に下駄。角刈りに近い坊主頭で現れた。
スニーカーやサンダル、履きやすい靴なんて他にいくらでもあるだろうに、彼は至極歩きづらい日本古来の履き物、下駄を平成の今も愛用しているのだ。
私は思わず唖然とする。今どき下駄を履いて生活しているなんて、ゲゲゲの鬼太郎と彼くらいだろう。伝統芸能を職業としている人だって、日常生活では下駄を履いてはいまい。
スナックに行ったときのカラオケでは「俺のテーマ曲」と言って、かまやつひろしの『我が良き友よ』を歌っていた。いわゆる〈蛮カラ〉に憧れていたらしいのだが、ちょっと世代が違うんじゃないか。私たちの世代は、もっぱらロックだぞ。
それに彼には、なんとも不可解な特徴がある。私と同い年の46歳だが、一度も女性とお付き合いしたことがないらしいのだ。よく見ると精悍な顔つきで、中学時代はよく女の子にモテていた。勉強ができて活発な少年。大学も東大こそ落ちたけれど、早稲田に入った秀才だ。顔も悪くない。頭も悪くない。なのに〈一度も女性と付き合ったことがない〉のだ。だから、もちろん独身だ。
それは彼が「変な人だから」と言ってしまえばそれまでだけれど、その理由を本人は「女性とのコミュニケーションが面倒臭いから」と言っている。その言い分は私には納得しかねる。何かべつの深遠なる理由があるはずだ。
よって、彼の性のお相手は、すべて商売のおねぇさんだ。
ある日、こんなメールが送られてきた。
『やっと仕事が落ち着いたから、明日はデリヘルを呼びます。久しぶりの快楽です!』
私はそれに生ぬるい返信をする。
『そうか、よかったね。いっぱい楽しんで!(^o^)』
なんですか、このやりとり。
翌日には、3年間ほど忘れられそうにないメールがきた。
『俺はとことん運がない。俺のハニーは予約でいっぱいだ』
46歳。なんと哀愁の漂うフレーズだろう。
〈俺のハニーは予約でいっぱい〉
私はしばし、この文学的な響きに酔った。彼の孤独は体中にまとわりついて、決して離れることがない。
「俺の背中には、天涯孤独と書いてある」
これも彼オリジナルのフレーズだ。
「清野さんの背中には、俺より強く大きく、天涯孤独と書いてある」
そう言われた。大きなお世話だよ。
断言できる。彼は間違いなくストレンジだ。私の周囲ではハイパークラスの変人だ。
私は今、彼のハイパーストレンジを探求している。この謎の究明には、まだ時間がかかりそうである。けれど、私のほうが呑み込まれて自我を崩壊させてしまいそうで、少し恐怖もしている。
ああ、自分が真っ当な人間に思えてならない。